事業承継のための信託

事例

小杉さんには、奥さんと息子である長男憲太と二男康男がいます。


憲太と康男はそれぞれ結婚し、小杉さんにとっては孫にあたる子どもが1人ずついます。


小杉さんは、いわゆる地主さんで、先祖代々受け継がれてきた土地をたくさん保有しています。


また、先祖代々から経営してきた会社の代表取締役を勤めています


憲太は、小杉さんの自宅近くに住んで、同じ会社の取締役を務めており、ゆくゆくは憲太が、小杉さんに代わって代表取締役を勤めることになっています。


他方、康男は、成人してから小杉さんとは離れて暮らしており、疎遠になっています。


小杉さんとしては、先祖代々受け継いできた土地や会社を、憲太や憲太の孫、それから憲太の孫の子どもに受け継いでもらいたいという思いを抱いています。


遺言や信託といった制度を利用して、このような小杉さんの思いを実現することができるでしょうか。


※会社の承継については、会社の事業承継に関する記事でご説明するので、本記事では土地の承継に限定してご説明します。





何も準備していないと

このまま小杉さんが死亡すると、小杉さんについて相続が発生します。


小杉さんの相続人は、奥さん、憲太、康男であり、それぞれの法定相続分は奥さん2分の1、憲太4分の1、康男4分の1です。小杉さんに土地以外の財産がないと仮定すると(地主さんかつ代表取締役なのであまり想定できませんが)、奥さん、憲太、康男が、それぞれの法定相続分にしたがって土地を取得することになります。


また、その後、奥さんが死亡すると、奥さんについて相続が発生し、奥さんが小杉さんの相続で取得した土地を、憲太、康男がそれぞれ2分の1の割合で取得します。


このように、小杉さんが何も準備していないと、先祖代々受け継いできた土地がバラバラになってしまい、憲太に受け継いでもらいたいという小杉さんの思いは叶えられません。


遺言でできること・できないこと 

そこで、小杉さんとしては、保有する土地のすべてを憲太に取得させるとの遺言を遺すと共に、その遺言において、憲太が死亡した場合には、憲太の孫に土地を取得させるとしておくことが考えられます。


しかし、これには2つの問題があります。


第1の問題

小杉さんの財産が土地以外にない場合には、相続人の1人である憲太が、被相続人である小杉さんの全財産を取得することになるので、奥さん及び康男の遺留分を侵害します。


遺留分とは、相続人に最低限保障される取り分のことで、遺留分を侵害された者は、財産を取得した者に対して、最低限の取り分を回復するための請求(遺留分減殺請求)をすることができます。


この点、相続法改正前(施行日2019年7月1日)における遺留分減殺請求の効果は、現物の取得であり、土地の場合には共有になることが原則でした。


つまり、上の例で、康男が憲太に対して遺留分減殺請求をすると、憲太が取得した土地は憲太と康男の共有となり、憲太が土地の全部を単独で取得することができませんでした。


また、相続法改正後、遺留分減殺請求権は金銭債権(お金を支払えという請求権)とされましたが、憲太にお金がない場合には、やはり土地を売るなりして資金を調達しなければならず、結局、憲太に先祖代々の土地を取得させることができない可能性が残ります。


第2の問題


仮に第1の問題を何らかの形で解決できるとしても、遺言で憲太以降の財産処分のあり方を決めることはできません。


つまり、遺言のうち「憲太が死亡した場合には、憲太の孫に土地を取得させる」という部分は無効となります(いわゆる跡継ぎ遺贈)。


以上のことから、遺言による対応には限界があります。


信託でできること・できないこと

そこで、信託を利用することが考えられます。


たとえば、小杉さんを委託者、受託者をこの信託を実現するために設立した一般社団法人、第1次受益者を奥さん・憲太・康男、奥さんが死亡した場合の第2次受益者を憲太・康男、憲太が死亡した場合には信託を終了させて憲太の子が土地を取得することを内容とする遺言信託をすることが考えられます。


ここで遺言信託とは、遺言によって信託を設定することで、小杉さんの死亡により効力が生じます。


また、受益権の内容としては、土地の利用権や、土地を管理・処分することにより得た利益から一定の金銭を受領する権利等とすることが考えられます。





このスキームでは、受益権の内容として土地を管理・処分することにより得た利益から一定の金銭を受領する権利が含まれていることから、遺留分を侵害しないような割合で、奥さんや康男にこれを取得させることができます。


これにより、遺留分の問題に対応することができます。


さらに、憲太が死亡した場合には、憲太の子が土地を取得することとされているので、最終的には憲太の子が土地を取得するという小杉さんの思いが実現されることになります。


また、上の例では受託者を一般社団法人としていますが、自然人とすることも可能です。


ただ、上のスキームでは、小杉さんが死亡した後、憲太が死亡するまで信託が存続することが想定されているので、その期間はとても長くなります。


憲太が死亡するまでの間に受託者が死亡するなどした場合、不都合です。


そのため、受託者を一般社団法人とするスキームとしています。


なお、このスキームにおいて、さらに第3、第4、第5・・・の受益者として憲太の子、憲太の孫、憲太のひ孫・・・等とすることも形式的には可能ですが、このような受益者が連続する形の信託には期間制限があり(信託法91条)、信託の効力が生じてから30年が経過した後、新たに受益権を取得した者がいる場合には、その者が死亡した時点で信託が終了します。


たとえば、上の例とは異なり、第1次受益者を奥さん・憲太・康男、第2次受益者を憲太・康男、第3次受益者を憲太の子、第4次受益者を憲太の孫、第5次受益者を憲太のひ孫とした上で、小杉さんが死亡してから30年が経過した時点で、憲太、康男、憲太の子がおり、その後、憲太が死亡したことによって憲太の子が第3次受益者となる場合、憲太の子が死亡することにより信託が終了します。


このように受益者が数世代にわたって連続する場合には、期間制限に注意が必要です。


まとめ

以上のとおり、信託を利用することで、遺留分にも配慮した形で、先祖代々の土地を円滑に承継させることが可能です。


このことは土地に限ったことではなく、ある程度まとまった「家産」をきちんと承継していきたいといったニーズにも応えることができると考えられます。

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